学校長あいさつ

 清水小学校は、中世から門前町・城下町として栄えた地域にあり、江戸時代後期から明治維新にかけての歴史的・文化的な史跡も数多く存在しています。特に、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である旧集成館(反射炉跡、旧集成館機械工場、旧鹿児島紡績所技師館)は有名です。
 このような本校区の特色、また明治維新150周年の節目の年ということから、本年度は、キャッチフレーズ「明治維新の町 維新に学べ 清水魂!」を掲げ、明治維新に係る教育活動を重点的に展開することとしました。キャッチフレーズには、本校区の歴史的・文化的な史跡について調べる学習を通して,激動の時代の中、豊かで強い国をつくるという高い志をもって果敢にチャレンジした偉人の生き方に学んでほしいという思いが込められています。

 子どもたちは、校訓「かしこく やさしく たくましく」と、清水魂「負けるな うそを言うな 弱い者をいじめるな」の清水の教えの下,勉強や運動に主体的に取り組んでいます。また、本校は、地域と学校が一体となった伝統行事「錦江湾横断遠泳」にも取り組んでいます。毎年夏季休業中に桜島から磯海水浴場までの4.2kmの錦江湾を横断遠泳しています。本年度も100人近くの児童等がチャレンジしました。

 グローバル化の中、AI(人工知能)の発達により技術革新が劇的に進むなど、予測できない未来社会が訪れようとしています。本校は、このような激動の時代にあっても、変えてはならない伝統を大切にしながら、時代の変化に対応した教育を推進していきます。また、地域・家庭との連携・協働を深めながら、「社会に開かれた教育課程」の編成に努め、児童が地域に軸足を置き、自分なりの志をもつような教育活動の充実を図っていきます。今後とも、保護者や地域の皆様の御理解と御支援をよろしくお願いします。

第29代 校長 山下 守

(本校区にゆかりのある偉人の史跡)

  ○ 「西郷 隆盛」蘇生の家  

  清水寺成就院の勤王僧月照(げっしょう)は,薩摩を頼り,京都から逃げてきました。しかし,幕府の仕返しを恐れた薩摩藩は,月照を助けることをせずに,逆に,西郷に月照を切り捨てる役を命じました。落胆した西郷は,11月16日未明に,船で月照と酒を酌み交わし,錦江湾に飛び込みました。近くにいた福岡藩士平野国臣らが二人を引き揚げ,近くの砂浜で焚火をもって暖めてから,付近の坂下長右衛門宅に収容しました。そこで,西郷だけが生き返り,月              照は二度と息を吹き返すことはありませんでした。

○ 初代文部大臣「森 有禮」生誕地

 森有禮(もり ありのり)は,1847年,春日神社の近くで生まれました。18歳の時,藩の代表としてイギリスに留学しました。その後,ロシアやアメリカに見識を広めます。帰国後は,国の役人になりました。男女平等や廃刀などを早くから唱え,自分も実行して世間の人をびっくりさせました。
 1885年,日本に内閣ができると初代の文部大臣となり,小学校・中学校・大学という仕組みをつくり,教育政策にたいへん熱心に取り組みました。

○ 「伊藤 祐亨」生誕地

  伊藤祐亨(いとう すけゆき)は、1843年清水小学校の敷地内にある土地に生まれました。薩英戦争のときには、決死隊員となって活躍しました。
 1894年に始まった日清戦争では、連合艦隊司令官として指揮をとり、黄海海戦などで手柄を立てました。その働きで、軍人では、最も高い位の元帥になりました。

○ 「藤島 武二」生誕地

 藤島武二は,若い頃,父や兄と死別し,母や小さい兄弟の面倒を見るなど,苦労しながら絵の勉強を続けました。そして,黒田清輝に進められて東京美術学校(今の東京芸術大学)の先生になりました。その後も,フランスなどで絵の勉強に励みました。黒田清輝などと明治時代の洋画界の道を切り拓いた人です。「東海旭光」「芳恵」などが代表作です。
 一昨年度,鹿児島市立美術館で生誕150年記念の作品展が開催されました。

 

 

 

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